ななめの目

世の中の色々な事どもを斜め目線から切りつけます。仕事のこと、エホバの証人二世の話題、底辺高校の話題など。読者登録して頂いた方は相互でさせてもらいます。


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働くとは、人生とは何か?/40年間働き続けて定年退職した人の言葉が身に染みる

台風21号が近づいています。

台風ってすごいですね。

台風のエネルギーは原子爆弾の10万倍くらいあるとか。

台風が来ると学校は休みになります。

子供たちは大喜びです。

でも会社は休みにはなりません。

サラリーマンの人たちは台風の中の出勤を思うと憂鬱になります。

人々の希望と絶望を、膨大なエネルギーに載せながら地球を横断しています。

そう言うとなんかロマンがありませんか?

無い?

じゃあ無いのでしょう。

 

人生って何なのでしょうか?

最近、定年退職する方を何人か見送りました。

盛大な送別会が開かれます。

お花が手渡されます。

退職する方はしんみりと挨拶をされます。

涙を流す人もいます。

 

定年される方の挨拶で印象に残った言葉。

「先日、休みを利用してハイキングに行きました。ふと空を見上げると雲一つない青空が広がっていたんです。その時私は思いました。『自分はこの40年間、何を見て生きていたんだろう』と」

その方はある程度出世をされた方です。

恐らく寝ても覚めても仕事のことばかり考えていたのでしょう。

よく晴れた日に青空を見上げることすら忘れていた、と言うことだと思うのです。

それは「これからの人生楽しみだ」と言うよりは、「今までの人生は一体何だったんだろう」という後悔を感じる話し方でした。

 

もう一人の方

「自分は時間に余裕ができたら、いつか南の島で一カ月くらい、のんびり船を出して毎日釣りを楽しんで、夜にはお酒を飲んで星を見ながら眠るような生活をしようと思ってました。でもこの40年間、1週間の休暇をもらう余裕すらありませんでした。それだけ仕事に恵まれたのだと思っています。今はもう、疲れやすくなりましたし、腰が悪くて飛行機に長時間乗ることもできません。近くの海で釣りでもして過ごします」

それを聞いた時、私は絶望的な気持ちになり、しばらく言葉も出ませんでした。

「〇〇さん、大阪湾じゃ何も釣れんでしょう!」

とヤジが飛んで笑いが起きましたが、そんな楽観的な話で片づけることは到底できないくらい深刻な話だと感じました。

 

30年くらい南の島で遊んで暮らしたいと言っているのではありません。

たかだか1か月です。

人生の中で一度だけ、たった1か月の間、南の島で何も考えずに遊んで暮らす。

そんなささやかな夢が、40年の間にたった一度も叶わなかったと言うのです。

そして、そのささやかな夢が、この先も叶わないと言うのです。

もちろん、有給休暇は山のようにあった訳で、その方が本気で休もうと思えば休むことはできたでしょう。

この先も、疲れやすくなったとはいえ、船で南の島にいくこともできるでしょう。

しかし、事の本質はそんな話ではありません。

 

この話の深刻さは、「何十年と言う会社人生の中で、たった一カ月のまとまった休みすら一度として取ることができない。それが、特に珍しくも無いごく普通の日本人の働き方だということ」なのです。

 

40年間、1週間単位で休むことすらほとんど無かったというような話を、ドイツやフランスなどでしたとすれば、「クレイジーだ」「お前は奴隷か何かか?」と驚かれることでしょう。

 

私は特に1か月間南の島で遊びたいとかそんな希望はありません。

どちらかと言うと、こまめに休みたい方なので、長期間休みたいという願望が強い方ではありません。

しかし、それを願っても、現実的にほぼ不可能という事実を改めて認識することは辛いことではあります。

 

一カ月休むと周囲からの評価が変わってしまう

日本の会社で男性の総合職が1か月のまとまった休暇を取ること、それは事実上会社人生のドロップアウトを意味することがあります。

ドロップアウトとまでは行かなくても、取り戻すのに相当な時間と労力、周囲への気遣いが必要になるでしょう。

 

入社5年以内くらいの若い人がそんなことをすれば、たとえ業務に支障が無くても、

「あいつは半人前のくせによくそんな大胆なことができるな」

「あいつは本当に社会人として大丈夫なのか?」

そんな声が出てきます。

じゃあ中堅と言われ始める入社5~10年目くらいならどうでしょうか?

その頃になると重要な案件を任されるようになってきます。

「あいつはもう出世は無いな」

「会社人生投げたのかな?」

「重要な仕事を1か月も放り出して、大丈夫か?」

じゃあその後なら?

40歳前後は出世を目指す人にとっては大事な時期です。

その時期に1か月も休めば、出世競争からは確実に1歩下がることになります。

逆に出世から外れた人であれば、1か月も休みを取ればリストラ候補最右翼になったり、とんでもない場所に転勤にされたりします。

そうでなくても「あの人は人の迷惑を考えない」とか「自分勝手」「わがまま」と言った評判が立ちます。

 

日本の会社では有給休暇はいまだに、病気やけが、親戚の不幸など、やむを得ない事情のある時に使うもの、という思い込みがあるからです。

そして滅私奉公の精神の強い人ほど出世候補になります。

 

しかし、定年するときにふと気が付くと、会社を去る時に自分が手にしている物、それは古くなった持ち家、わずかな貯金と1000万円ほどの退職金、そしてもうあまり動かない体・・・それだけなのです。

さらに絶望的なことに、持ち家と1000万の退職金があってローンも残っていない人は相当恵まれている方なのです。

 

会社人生が心から楽しかった、夢のような時間だったと言い切れるなら、それも良いでしょう。

しかし、本当は他にしたいことがあったのに、生きるため、家族のために我慢したというのなら、それはもはやあなたの人生とは言えません。

 

まだ定年を迎えていない方は、もう一度人生を見直してみませんか?

今、定年を迎えたら自分はどう思うだろうか。

やり残したことは無いか?

本当に会社で定年を迎えても良いのか。

一度よく考えてみましょう。

 

面白いと思って頂けたら、はてなブックマークをお願いします。

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エホバの証人と子供時代の話7/自分のおかしさに無自覚な人ほど怖いものは無い

エホバの証人の話も回数を重ねて7回目になりました。

今回はエホバの話とは違いますが、父と母の話について。

うちは母も父も相当に変わり者でした。

普通の枠から相当外れてます。

社会に出た時、世の中の大人たちはなんて立派でちゃんとしているんだろう、と思ったものです。

毎日休まずにきちんと働くし、清潔だし、常識があるし、怒っても暴力を振るわない。

宗教の話もしないし、住宅ローン以外に特に借金も無い。

それだけでもすごいことだと思いました。

 

そんな超変り者の父と母ですが、恐ろしいことに自分たちは常識人だと思っていたのです。

これまで数々のエピソードを紹介してきましたが、実際にはもっと数限りなくおかしな話があるのですが、それでも本人は自分たちは常識人だと思っていて、父は母のことを、母は父のことを「常識が無い」と思っていたりするのです。

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父は母への激しい暴力や、まともにサラリーマンが勤まらず会社をクビになったりと、めちゃくちゃな人生ですが、普段の行動も相当に変でした。

例えば、父は立ちションが大好きで、所かまわずに立ちションをしていました。

立ちションなんて最近ほとんど見かけません。

私も人生で3回くらいしかしたこと無いです。

お酒に酔って、どうしても尿意をもよおして、夜の茂みの中でこっそりしたくらいです。

父は違います。

毎日2~3回、昼間から、普通に人の通る道で平気でしていました。

父は尿意を我慢できないから立ちションをするのではないのです。

立ちションが心から好きだからしていたのです。

 

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母も父の立ちションを止めません。

注意もしません。

父は家の近くの1mくらいの幅の道で立ちションをします。

その道は我が家のある文化住宅に続く道なので、文化住宅の住民がしょっちゅう通るのです。

二階に住むおばちゃんが、父の立ちションを見て、ヒステリックに叫びます。

「ぎゃああああ!!!〇〇さん!止めってって言ってるでしょう!!!!」

我が家にも2階のおばちゃんの絶叫が聞こえてきます。

私「お母さん!二階のおばちゃんめちゃくちゃ怒ってるよ!」

母「うん、二階の人、怒りっぽいから・・・」

いやいや、違うやろ、違う違う。

怒るのが当たり前で、立ちションするのがおかしいから。

 

また、父は洋品店をしていました。

昼間からパチンコに行くので店番は母任せですが、たまに店番をするとよだれを流しながら積極をするので、お客さんは呆然とします。

歯が無くて、唾液の多い人が、しゃべるのに夢中になるとよだれが出るようです。

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私「お母さん、さっきお父さん、よだれ流しながら店番してたよ」

母「お父さん、歯が無いから仕方ないの」

いや、いやいや、もう接客業は無理やし。

実際、父の使い込みもあり、店は多額の借金をのこしてつぶれました。

 

 とにかく、父も母も感覚のおかしい人だったのです。

しかし、母は父が甘いものをたくさん食べるのを見て「甘いものを食べすぎると病気になるよ」とかそんなことは注意するのです。

当時は子供だったので世の中そんなもんかと思ってましたが、今なら言えます。

そこじゃないやろ!

注意すべきことが他に無数にあるやろ!

 

 父は父で、母が食事の時にお茶を用意するのを忘れると「ごはんの時にお茶を出すのは常識やろ」と怒ってました。

常識!?

今、父が生きていれば声を大にして突っ込んでいたところです。

常識の意味、知ってんのかと。

とにかく父は「常識」と言う言葉が大好きで、よく母を「常識がない」となじっていたのです。

父のおかげで、私は常識という言葉が大嫌いになりました。

 

世の中に出てからも、父ほどの人は居ませんが、「常識が無い」と人をなじる人に限って、常識が無い人が多いものです。

本当に常識のある人は、常識なんて言うものが人それぞれであることを知っていますし、本当に常識なことを人に教えるときでも「常識だから」ではなくて、どうして必要なことかを丁寧に教えます。

それが良識と言うものです。

なんでもそうですが、「あいつは不親切だ」と言う人に限って大して親切でも無いし、「あいつは暗い」と言う人に限って別に明るくも無かったり。

そういうことを言う人は自分のことに無自覚だから、人のことが言えるのです。

気を付けたいですね。

 

記念切手の価値暴落と仮想通貨の暴騰/切手が値上がりすることは多分もう無い

今日、持っていた記念切手を久しぶりに使いました。

切手って最近使いませんよね。

本当に使わないです。

 

うちの父親は貧乏なくせに記念切手を集めるのが趣味だったので、父親の唯一の財産として、我が家には記念切手がたくさんあります。

多くは昭和50年代の記念切手です。

ほとんどがシートなので、単純な額面で2~3万円分くらいはあるでしょうか。

中には「見返り美人」という非常に価値のある切手もあります。

1948年、今から70年前、戦後間もないころに発行された切手で、30年くらい前には額面5円の切手が、2万円くらいで取引されていました。

その頃買った父は、今で2万円するのだから、将来はもっと値上がりするだろうと思っていたようです。

それから30年が経った今、「見返り美人」の価値は約3000円程度と言われています。

 古くなればより値上がりすると見込んでいたのが、逆に値下がりしてしまっているのです。

 

見返り美人だけではありません。

その頃700円で買った「まりつき」の切手も今は50円くらいの価値しかありません。

そしてその頃、記念切手は少しでも古くなれば額面の倍くらいの金額で取引されていましたが、昭和50年代の記念切手を今現金に替えようと思うと、ほぼすべてが額面割れです。

額面の7割とか8割にしかなりません。

 

現金に変えるくらいなら、郵便料金の支払いに当てた方が良いと言われます。

本当に高い内に売っておけばよかったと後悔しています。

でも私のように額面で2~3万円分、一番価値のある時で換算しても5~6万円相当程度しかもっていない人間はまだマシです。

1980年代頃まで続いた切手ブームの時には、それこそ数百万円単位で切手に投資していた人が山のようにいます。

その方々達は今、泣く泣く当時のお宝をヤフオクで放出しています。

例えば、当時バラ1枚で3万円近く、きれいな5枚シートなら20万円以上した「月に雁」も、今は5枚シートで1万円台でも入札があるかどうかです。

試しにヤフオクで検索してみてください。

当時のブームを知る私は、価値が上がると思って今まで所有していた人の無念を思うと気の毒でなりません。

 

この先もう一度切手ブームが来て価値が出るか、それともさらに価値が下がるか、まあ下がる方が99%でしょうね。

なぜなら、この先価値観はどんどん多様化することが間違いないからです。

 もっとも1000年後くらいならまた違うかもしれませんが。

 

記念切手の価値が低下したのは郵便の衰退と価値の多様化

あなたは最近郵便を使いましたか?

郵便物を受け取ることは確かにあります。

ダイレクトメール、生命保険の案内、選挙の案内とか。

でも自分ではほとんど使うことが無くなりましたね。

だって、メールとか、SNSとか、連絡手段が増えすぎました。

荷物だって、ヤマトの宅急便を使います。

まだ、メールがなくて、手紙のやり取りが盛んだったころ、切手の価値は確かにまだありました。

その頃は、通信販売で買い物をするときに切手で支払うことができたんです。

切手=お金と言っても過言ではありませんでした。

郵便局が切手の価値を保証してくれましたから。

しかし、郵便を使うことが少なくなり、そもそも郵便局でお金を使うことが減り、切手をお金として消費する道が少なくなった今、切手の価値の象徴である「記念切手」も、その価値を失ってしまいました。

 

記念切手の価値が低くなったのはそれだけではありません。

価値の多様化です。

今は娯楽が増えすぎました。

そしてマニアとして収集する対象も昔とは比べ物にならないくらい多くなっています。

なにも記念切手じゃなくても、もっと面白いこと、もっと集めて楽しいものが増えすぎたのです。

記念切手の印刷は美しく、インターネットも無く、デジカメも無かった時代には、きれいな絵柄の付いた小さな紙片には、人を惹きつける魅力が確かにありました。

切手には、ある種の芸術作品としての価値があったのです。

しかし、デジカメが普及し、目を見張るようなきれいな写真や画像がインターネットで簡単に見られるようになった今、記念切手の絵に魅力を感じる人は少なくなりました。

それに、郵便局が自分の好きな写真などを切手にできるオリジナル切手作成サービスを始めたのも、記念切手の価値下落に拍車をかけたように思います。 

 

価値を保証する「郵便システムの衰退」、そして、価値の多様化と技術の進歩による「切手その物の魅力の相対的な下落」、その二つが記念切手の価値を暴落させる結果になりました。

そういえばテレホンカードも同じですね。

 

仮想通貨はどうして暴騰するのか

ビットコインなどの仮想通貨が暴騰しています。

しかし、そもそもお金というのは何でしょうか?

お金はただの紙ですよね。

誰がなんと言おうと、どこからどう見たって、ただの紙切れです。

その紙切れに価値を吹き込んでいるのは国と私たち国民です。

国が「これは価値があるものだ」と国民に言い、それを国民が信じるから価値があるのです。

国民が「いや、そんな紙切れよりも自分たちで作った特殊な石で買い物をしよう。そうすれば税金もかからない」と国民全員で合意すれば、それがお金になります。

お金と言うのはただの価値の「象徴」なので「これがお金だ」とみんなが合意すれば、明日からそれがお金になります。

どんな人であっても、天皇の長男として生まれたら次の天皇になるのと同じです。

みんなが「この人が天皇だ」と合意した人が天皇であり、国民の象徴なのです。

 

だからと言って、みんなが思い思いの物を好き勝手にお金として使ったら、秩序が乱れますし、なにより税金がうまく回収できません。

だから国は、「この国のお金は、国が発行するこの紙です」と決めるわけです。

それをみんなが合意するからお金になるわけです。

 

一方仮想通貨はどうでしょうか?

「これがお金だ」と保証してくれる権威はどこにもありません。

我々一人ひとりの「合意」だけで成り立っている「価値」なのです。

ところが、仮想通貨の一つであるビットコイン、その価値は当初1BTC=0.07円程度だったのが、60万円以上になっています。約1000万倍です。

恐ろしいほどの値上がりです。

 

どうしてそんなことになったのでしょうか?

 

インターネットで世界がつながり、色々な物の価値が平準化してきています。

そして、世の中の変化が大きくなり、今まで価値のあった物に価値が無くなり、価値が無かった物に価値が出てくる現象をたくさん見るようになりました。

何の後ろ盾も無い仮想通貨に「価値があってもいいんじゃないの」と人々が受け入れられるように常識が変わってきたのです。

そして何よりも「ブロックチェーン」という強固な仕組みにより、人々の「合意」が強固に安心して固められるようになったのです。

国が保証するお金なら偽札の流通を国が防いでくれます。

しかし、自分たちで作った石のお金は偽物の流通を防いでくれる人がいません。

ところが、ブロックチェーンはそんな心配をしなくてよいくらい、強固なシステムで仮想通貨の安全性を守ってくれています。

何の保証も無い個人間の「価値の合意」が、安心してできるようになったのです。

そうなれば、国の保証する「価値」と大差なくなります。

むしろ、国に管理されない分、色々な面で有利になります。

 

そのあたりが、仮想通貨暴騰の理由かと。

価値観の多様化で価値が無くなった記念切手と、価値観の多様化で逆に価値が認められた仮想通貨。

技術の進歩で衰退した郵便事業とその象徴である切手。一方で技術の進歩による安心感で価値を上げた仮想通貨。

 

対照的ですね。

 

ビットコイン買っておけばよかった・・・。

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韓国の皆さまが一生懸命になっている慰安婦像の設置について -「性犯罪撲滅」ではなく「謝罪と賠償」を前面に打ち出すから誰も共感しない

戦争って嫌ですね。

戦争というのは殺し合いです。

たくさんの人が死にます。

人が死ねば、その数だけ恨みと憎しみが生まれます。

戦争と言うのは恨みと憎しみを解決するために、その何倍もの恨みと憎しみを再生産する、憎しみの増幅装置なんです。

 

ところで、戦争と言えばナチスユダヤ人虐殺、原爆被害、強制連行など色々な悲惨な被害があり、今でも問題になっています。

 

その中でも日本を悩ませ続けているのが、韓国と中国ですね。

何度「これで解決」と約束して、謝罪とお金を積んでも、国際問題として取り上げようと訴え続けてきます。

 

news.yahoo.co.jp

最初に言っておきますが、私は右翼でも左翼でもありません。

嫌韓論者でもありませんし、韓国に旅行に行ったこともあり、そこに住む人は皆良い人だったと感じました。

ただ、韓国の政治的な手法、戦略についてはいかがなものかと感じているのです。

 

 

本題に戻しますが、慰安婦の経緯については、強制じゃなかったとか、強制だったとか、国が主導したとかしていないとか、色々な説がありますが、私は歴史学者ではないですし、勉強もしていないので、その点についてはわかりません。

「原爆や空襲と違って人がたくさん死んだわけじゃあるまいし」という意見もあると思いますが、もし女性が強制的に連行されて性の慰み物にされたとすれば、それは殺人に匹敵するくらい許されないことだと私は思います。

 

ただ慰安婦の経緯や実情はともかくとして、今の韓国の人たちと、同じ戦争被害者である原爆被害者の広島の方々とは決定的に異なることがあります。

日本人が韓国の人の慰安婦像設置運動を見て感じる、耐えがたいほどの不快さと醜悪さは、単に日本人が「自分たちに謝罪と賠償を求められているから」だけではないと思うのです。

 

不快さの理由はその目的と行動にあると思うのです。

 

広島の人が求めているのは「核廃絶と世界平和」であって、「謝罪と賠償」ではないからこそ心を打つ

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あなたは広島に行かれたことはあるでしょうか?

広島の原爆資料館、とても悲惨な写真がたくさんあります。

被害に遭われた方の衣服や遺留品が展示されています。

どれも原爆の被害の悲惨さを物語っています。

最近は外国人観光客の方も増えているようです。

みなさん一様に、原爆被害の悲惨さに呆然としてしまいます。

思わず涙を流す外国人の方の映像もテレビで見ました。

そして、こう言います。

「日本人はこんなひどいことをされて、どうしてもっと怒らないのか?」

「アメリカに謝罪を求めるべきではないか?」

でも、広島や長崎の方が、公式にアメリカに対して謝罪や賠償を求めたと言う話は聞きません。

なぜなら、広島や長崎の人が一貫して伝えたいことは核兵器の悲惨さ」であり、心から願い世界に訴えているのは核廃絶」と「世界の平和」なんです。

「謝罪しろ」「金を出せ」「反省しろ」なんて言うことを前面に打ち出すことはありません。

だからこそ健気で美しく、訪問する人の心を打つのです。

「この世界で二度と自分たちのような被害者を出したくない」、それだけが広島や長崎の方々の切なる願いであり、「謝罪や賠償」などと言った低次元なことを訴えているのではないのです。そのことがはっきりと伝わってきます。

だからこそ、加害者であるアメリカ人ですら、核兵器の悲惨さを心から痛感してくれるのです。

 

それが、もし広島市がアメリカに対して、なんでも良いからとにかく「謝罪をしろ」「賠償金をよこせ」、「広島市に経済援助をしろ」などと言うことを前面に押し出し、アメリカを貶めることを目的に、原爆被害者の像を世界中のそこいらに建設し出したらどうでしょうか?

同じ日本人の私でも「そんな見苦しいことは今すぐ止めなさい」と言いたくなります。自分自身が原爆の被害に遭った訳でもないのに、お金や国際的優位性を得ることを目的に、先祖である原爆被害者の像を世界中に乱設するなどということは、原爆で亡くなった方に対する冒とくです。

そんなことをすれば、アメリカ人は「こんな奴らには、もう一発くらい原爆を落としておくべきだった」とすら思うかもしれません。核兵器の悲惨さを伝える前に、世界中の嫌悪の的になることでしょうし、そもそも「お前らがすぐに降伏しないからだ」「パールハーバーはどうなんだ」という水掛け論になるでしょう。

 

韓国の行動からは、広島や長崎のような「自分たちと同じような被害を二度と世界で起こしたくない」というような態度はみじんも感じられません。  

なんだったら日本に同じことをし返してやりたい、くらいに思っていることでしょう。

日本に仕返しをしたい、日本人を苦しめたい、天皇に土下座でもさせてすっきりしたい、そしてお金が欲しい、そういった人として最も次元の低い欲求を、自分たちの名誉などみじんも顧みず、清々しいほどにごまかすことなく、堂々と前面に打ち出してきます。

 

一方、韓国の人が「謝罪や賠償はいらない」「性犯罪の悲惨さと女性の権利向上を世界に訴えたいだけだ」と静かに被害のあった地に資料館を作り、粛々と性犯罪撲滅を世界に訴えていればどうでしょうか?

現在の韓国の印象とは180度変わることでしょう。

その上で、過去のことはともかく、「日本はまだまだ女性の権利が低い」、「売春制度が残っている」として非難されたら?「(性犯罪加害者の国として)日本こそがアジアの盟主として女性の権利向上のリーダーシップを果たすべきだ」ということを前面に押し出して主張されたら?

性犯罪加害の有無はともかくとしても、こちらとしても真摯に耳を傾けざるを得ません。

真面目で責任感の強い日本人は、そんな風に持ち上げられたら自分達の方から「慰安婦の謝罪と補償についてもう一度きちんと見直すべきでは?」とすら言いだすかもしれません。

 

韓国の皆さんが慰安婦像を世界中に設置し、「謝罪と賠償」を強く求め続ければ続けるほど、被害者は政治利用のシンボルとして貶められ続け、韓国の印象は悪くなり、そして日本人からは「謝罪と賠償」どころか、憎しみと嫌悪だけを買うことになるという、なんとも言えない苦いことをし続けている訳なのです。

まあ、日本としては韓国が自分で自分の首を絞めようが、国際社会を上手に立ち回ろうが、どっちでも良いことなのですが。

 

インドネシアの美魔女を見て思うこと -目標を持って生きる人は若く見える

最近雨の日が続いています。

雨が降ると、なんだか世界中が静かになったような、落ち着いた気持ちになりますね。

雨の日に外に出るのは嫌いですが、雨の日にのんびり家にいるのは大好きです。

 

ところで先週から行っているカズオ・イシグロの本プレゼントキャンペーンですが、なんと2名の勇者が応募してくださいました。

www.nanamenome.com

このまま誰も応募してくれなかったらとても残念な感じだったのですが、無事応募者の方が現れて安心しております。

まだ今日中までは受け付けておりますので、もし他にもご希望の方がおられましたらご応募ください。

 

 

ところで、ニュースサイトを回っていると、インドネシアの脅威の美魔女のニュースを発見しました。

この外見で50歳だとか。

ちょっと信じがたいです。

世の中には、この人よりもはるかに老けて見える30代がたくさんいます。

bq-news.com

 

同じ年齢でも若く見える人と老けて見える人、何が違うんでしょうか?

ホルモンがどうとか、そもそも遺伝がどうとか、色々な意見があると思いますが、私が思うに、若く見える人はみんな元気でやる気にあふれている人が多いきがします。

 

目的、目標が無くなれば体も死ぬ準備を始める

気持ちが老いていけば、見た目も老いていきます。

気持ちが若ければ、見た目も若くなるでしょう。

じゃあ気持ちが老いるということはどういうことでしょうか?

 

記事にある美魔女の女性は「バランスのとれた食事と適度な運動そして愛する人と一緒にいること」で若くなると言っています。

でも、多分ちょっと違うような気がします。

だって、毎日栄養バランスの良い和食を食べて、愛する孫と一緒に過ごす老人の方々はみんな若く見えるはず。

でも実際にはそんなことは無いですよね。

 

そもそも人間が老いるということは、死ぬ準備を始めているということです。

「この世に未練がない、特に目標が無い」状態になれば、脳も活動を停滞させます。そして、脳が活動を停滞させれば、体も死ぬ準備を始めることでしょう。

だって、やり残したことが無いんですから。

無理に生きなくても良いですよね。

寝てるときが一番幸せなんて言う人生だったら?

脳の方も、じゃあもうゆっくり休んだら?という状態になります

老いるということはそういうことだと思うのです。

 

会社でも、定年が近くなり、特に目的目標無く、とりあえず会社に来ている状態になった人は、ものすごく老けて見えます。

体からオーラを感じなくなるんです。

一方で、定年を過ぎて延長雇用に入った人でも、目的、目標を持ってバリバリ仕事をしている人は若く見えます。

 

比較的若い人でも同じです。

会社生活の中で、何かしらの目的、目標を持つ人(出世したい、事業を成功させたい、名前を売りたい)は若く見えます。

でも、とりあえず、生活のためだけに仕事をしている感じの人、毎週の週末だけを頼りに、日々の会社生活を我慢している人(私ですね)はどうしても老けて見えます。

会社以外の場所で目的、目標があれば良いですが、会社でもとりあえず仕事するだけ、そして、プライベートでもパチンコに行って昼寝するだけ、みたいな人は見た目にも無頓着になりますし、相乗的に老けていきます。

 

今、人生の中で特に目的も目標無く「ただ生きているだけ」の人は、とりあえず何か目標を持った方が良いと思います。

何だって良いのです。

毎日1㎞歩いて1か月で2㎏やせるとか、週に1冊経営学の本を読んで、1年後には経営学に詳しくなるとか、出世は無理でも、仕事の中でエクセルの使い方を上達して残業を少なくして早く帰るとかでも良いと思うのです。

毎日ブログを書くと言うのも、とても良いと思います。

(私はブログを始めてから、若く見えると言われるようになりました)

目標を持って毎日を過ごして、好奇心を持って成長と変化を楽しめれば、きっと若く見えるようになると思います。

若く見えることは、あくまで若々しい生き方をした結果だからです。

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少しずつ変化すると人は変化に気が付かない -バーコードヘアを笑ってはいけません

やっと金曜日ですね。

毎週のことですが金曜日を持ってくるのがどれほど大変なことか。

一週間にわたる長い長い戦いも金曜日で一時休戦です。

略して一休です。

そう言えば一休さんて、なんでお寺なんか修行してたんでしょうね。

とんちが得意なら、商売でもすれば良いのに。

 

ところでノーベル賞を受賞したカズオ・イシグロさんの「私を離さないで」が再放送されるようです。

とても暗いドラマで、放送当時は不評だったとか。

私も少し見ましたが、本当に暗いです。

綾瀬はるか三浦春馬というゴールデンなキャストにも関わらず、平均視聴率は6.8%とか。

その原因の一つが、第一話の裏番組がラピュタだったせいだとか。

そりゃあバルスには勝てませんわな。

バルスに勝とうと思ったら、「佳子さま緊急婚約会見」くらい持ってこないと無理でしょう。

 

ところで何日か前に行ったカズオ・イシグロ氏の本の「女たちの遠い夏」プレゼントキャンペーンですが、おかげさまで大好評でして、なんと誰一人応募がありません

応募すれば、ほぼ100%当選確実となっています。

www.nanamenome.com

ヤフオクに出せば5000円以上は固い値打ち本なのに・・・。

不人気ブログでプレゼントキャンペーンなんかするもんじゃないということですね。

 

 

ところで、本題ですが、我が家ではオカメインコを飼っています。

こういうひとです。

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どこ見てるんでしょう・・・。

このひと、顔が白いんです。

真っ白です。

でもうちに来たときは白くなかったんです。

少しずつ毛が生え代わっていつの間にか真っ白になっていました。

でも気が付かなかったんです。

家族の誰一人気が付かなかった。

ある日写真を見て気が付いたんです。

「あれ?昔の写真は顔が白くない!!」

「いつの間に!」

確かに来たときは顔が白くなかった。

そして今は白い。

それはわかるのですが、いつの間に変わったのかがわからない。

写真を見ると確かに少しずつまだらになり変わっているのですが、その間、誰も変わりつつある鳥の顔に気が付かなかった。

 

今でも信じられませんが、人って少しずつ変化するものには気が付かないんです。

以前バラエティ番組で「アハ体験」と称して、画面のどこかが少しずつ変化する動画を見て、どこが変化したか当てるクイズがありました。

今でもyou tube で見ることができます。

あれ、私は全然わかりませんでした。

 

ハゲの人の多くが「まだ自分は大丈夫」と思っている

会社にはハゲの人がたくさんいます。

以前、あるハゲの人が、「俺はあいつより絶対にハゲてない」と豪語しているのを聞きました。

でもその人もあいつも、50歩100歩、目くそ鼻くそ、大同小異、どんぐりの背比べです。

大して変わらないのです。

ていうか、そのレベルだったらどうでも良いだろって思うレベルです。

 

ただ、ハゲって急に髪の毛が無くなるわけじゃないんです。

少しずつ無くなります。

だから、ずいぶんハゲが進んでも、本人は「まだそこまできてない」って感じるんです。

バーコードヘアの人も、最初は「てっぺんが少し薄くなったかな」と思って髪を横に流すところから始まっているんです。

最初はただの7:3分けだったんです。

それが時が進むにつれ、頭頂部の髪がどんどん無くなって、バーコードが出現しただけです。

決して、最初からバーコードになったわけではありません。

だから、本人は意識してそんな髪型にしている訳ではないんです。

だから笑ってはいけません。

私も髪が多い方ではないので、笑ってる場合ではないのですが。

 

それくらい、人間は少しずつの変化には鈍感なんです。

見た目だけの話ではありません。

体調だって、周りの人の態度だって同じです。

少しずつ変化すると気が付かないんです。

例えばあなたの家族だって少しずつ変化していってるかもしれません。

気が付いた時にはもう・・・。

安定した仕事とは何か? -公務員や大企業が安定だと言うなら、生活保護だって安定だ

もうすぐ選挙が始まるらしいです。

選挙って行きますか?

私は行きたいけれど、入れたい党が無くていつも困ってしまいます。

日本は少子高齢化とか、年金問題とか、医療とか、北朝鮮問題とか、色々な問題を抱えているのに、劇的な改革をでっちあげる党が全然ないので、選びようがない。

ちょっとくらいびっくりするようなことを言う党がないもんですかね。

 子供一人産むごとに1000万円あげますとか、年金制度なんて今すぐ廃止しますとか、医療は全員無料にしますとか、核兵器を超える次世代の兵器を開発しますとか、大胆なことを言う政党が一つも無いんです。最近はあの共産党ですら、無難なことしか言わなくなってます。

 仕方がないから自民党に入れてしまうわけです。

 

 あだち充野球マンガの中から好きな漫画を一つ選べと言われたら、そりゃとりあえず「タッチ」にしときますわってなりますよね。

 その前になんで「選択肢があだち充だけやねん」「しかも野球漫画だけやねん」って思いません?ワンピースとか、アオハライドとか、3月のライオンとか、世の中色々なマンガがあろうがって思いますよね?

 そういう気分です。

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ところで、安定した仕事ってあこがれますよね。

私も大好きです。安定。

安定のためなら死んでも良いくらいです。

 

子供をもつ親は子供には「将来安定した仕事に就いてほしい」と思うでしょうし、フリーターの方は「安定した仕事に就きたい」とおもっていたりすると思います。

そういう時に想定することって、公務員だったり、大企業の正社員だったりするわけです。

でも公務員や大企業の正社員って安定なんでしょうか?

そもそも安定した仕事って・・・?

 

自分の中に価値を生み出す仕組みがあることが安定

公務員の皆さんごめんなさい。

大企業にお勤めの皆さんもごめんなさい。

公務員も大企業の正社員も少しも安定じゃないと思います。

それは夕張市みたいな例があるからとか、東芝やシャープみたいに大企業でも危なくなるからとか、それだけじゃありません。

 

誤解を恐れずに言うと、公務員や大企業の正社員のお給料って、あなたに価値があるからもらえるお金ではないんです。労働の対価としてもらえている訳じゃないんです。

あなたの身分に対して支払われる恩給なんです。

人間国宝みたいなものです。

公務員の方や、大企業にお勤めの方、試しに明日から仕事を半分しかしないでみてはどうでしょう?

多分上司からお叱りを受けます。

でも来月も、今月と同じ給料が振り込まれます。

じゃあ来月はさらに半分の仕事しかしないでおきましょう。

それでも同じ給料が振り込まれます。

毎月半分、半分にしていけば、そのうちあなたの仕事量は限りなくゼロに近づきます。

それでも毎月給料は振り込まれます。

毎年少しずつ給料は減るかもしれません。

もしかしたらリストラ部署に回されるかもしれません。

でも、給料は多分ゼロにはなりません。

だって、あなたは公務員様、大企業の社員様ですから。

身分のある方なので、そう簡単に給料は無くならないんです。

 

でも法律が変わったり、何かの拍子に間違えて辞表を書いたりして、あなたがその身分を失ったとき、あなたの価値は多分ゼロになります。

どうしてでしょうか?

組織が大きくなればなるほど、一人が担当する仕事は狭くなります。

個人経営なら、経理から営業、開発、総務まですべてを一人でこなします。

でも大企業になると、経理のこの部分だけ、営業のこのお客さんだけ、と細分化されていきます。

歯車として回りさえすれば、会社全体が維持されるようになっているからです。

あなた自身に「社会に価値を提供する力」が無くても大丈夫なようにシステム化されているのが公務員や大企業です。

そんな場所で長期間いた人の中には、「世の中に価値を提供するってそもそもどういうことだろう???」なんて言う人がたくさん居るわけです。

 

安定した仕事が「世の中に大きな変化や突発的な出来事があっても変わらずに稼ぎ続けられること」だと定義するとすれば、公務員や大企業の正社員って実は一番安定から遠いとも言える仕事なわけです。

だって、自分の中に「世の中に価値を提供する力」を積み上げず、組織の持つシステムの力で生きてきたわけですから。

法律が変わって公務員制度が廃止されたとき、これまでと同じ年収を稼げる人が何%くらいいるでしょうか?

そんなこと起きないから大丈夫?

だったら生活保護だって法律が変わらない限り大丈夫ですよね。

 

結局自分自信の中に価値を持っていて、それで生きている人が安定だと思うのです。デザイナー、プログラマー、職人、・・・色々あるとは思います。そして、こういった職業に就く多くの人が公務員や大企業の正社員より収入は少ないかもしれません。

でも安定か不安定化と言えば、より安定だと思うのです。

だって、プログラマーの人は例え日本という国が無くなったって仕事ができますよね?

デザイナーの人も同じではないでしょうか?

 

公務員の方や大企業にお勤めの方、今からでも遅くないので手に職をつけましょう。

会社や組織が無くなっても生きていける価値を自分の中に持ちましょう。

そうすればきっと今の仕事も充実すると思うのです。

多分。

 

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