ななめの目

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カズオ・イシグロの「女たちの遠い夏」を読んだ感想 -村上春樹の作品は大人のライトノベルだと思う

カズオ・イシグロ氏がノーベル文学賞を受賞しました。

カズオ・イシグロ氏は1954年に長崎で生まれ、6歳で渡英したそうです。

1983年に国籍を日本からイギリスに変えました。

「女たちの遠い夏」は1982年に出版されています。

この本の舞台は終戦直後の長崎の様子が描かれています。

この本が出版された時の氏のインタビューによると

「僕がこの小説で書きたかったのは、戦争の恐ろしさというより、戦争や原爆による破壊のあとで、人々がどうやって立ち直ろうとしたのか、どんな希望を抱き、そしてどんな幻滅を味わったのか、ということです」

と語ったそうです。

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本のあらすじですが、主人公の悦子が長女の景子を妊娠中、まだ長崎に住んでいたころに知り合った佐知子とその娘の万里子のことを回想する過去の話と、そして次女のニキと語り合う現代の話が交錯する構成になっています。

悦子の長女、景子は悦子の最初の夫(日本人)との子供ですが、冒頭で自殺したことが明かされています。次女のニキは二番目の夫との子供です。

物語は悦子による語りで淡々と進んでいきます。

主戦直後の長崎という舞台でありながら、カズオ・イシグロ氏の言うように、戦争の悲惨さ、残酷さという描写はほとんどありません

そして、氏は戦争からの立ち直りを一つのテーマとして語っていますが、戦争からの立ち直りというテーマも、私にはあまり感じられませんでした。

 

どちらかと言うと、その時代のある家庭の人々の様子を普通に、詳細に描写しているようにしか見えませんでした。

しかし、それがある種の不気味さというか、博物館で見る昔の人が着ていた古い衣類を見た時のようなリアリティと幻想的な雰囲気を作り出しているように思いました。

物語の中に、原爆の悲惨さや、後遺症に苦しむ人の描写は、直接的にはありません。

その時代の人たちが営む普通の暮らしと、その中に潜む、あくまでノーマルな範囲での異常性(万里子の少し異常な言動、佐知子のプライドの高さと万里子に対する関心の低さ、景子の引きこもり)が、悦子の無感情な淡々とした語りで語られます。

戦後の長崎をあえて舞台にしながら、戦争の存在を前面に出さず、主題を別に置くことで、逆に読者に戦争の存在を強く意識させるように仕掛けられているのかな、という気がしました。

また作者は男性でありながら、題名は「女たちの・・・」となっており、主要な登場人物は全員女性です。

当時は、世の中の流れや男性の動向に身を任せるしかない女性を主人公にすることで、戦争からの立ち直り、希望と幻滅に、より光を当てたかったのかもしれません。

男性は自分たちで戦争をして、自分たちで希望を作り、勝手に幻滅していく生き物ですから。

 

村上春樹の方がずっと読みやすいけれど、文学的なのはカズオ・イシグロだと思った

私は村上春樹氏の作品が大好きで、ほぼすべての著作を読みました。何よりも、村上春樹氏の作品は読みやすいのです。

村上春樹氏は以前から毎年のようにノーベル文学賞の候補だと言われ続けていますが、ずっと受賞できないままでいます。今年も残念ながら受賞はできませんでした。私にノーベル文学賞の審査基準はわかりませんし、海外でも候補として挙げられ続けている村上春樹氏がなぜ受賞できないのかも、よくはわかりません。

でも私が一つ言えることはこうです。

カズオイシグロ氏の作品を読んだ感想は、私の中では阿部公房(ノーベル文学賞受賞候補だったそうです)や、大江健三郎川端康成のカテゴリーに入る作品だと感じました。

一方で、村上春樹氏の作品は、私の中では西尾維新氏や谷川流氏の作品と同じカテゴリーなのです。

もちろん一般的な評価ではありません。

あくまで「私の中では」ですが。

前者は文学作品です。読みにくいし、ページは進まないけれど、考えさせられる重さがあります。腰を据えて、最初から最後まで集中して短期間で読み切らないとついていけません。

後者はライトノベルです。読みやすいし、ページが進むし、考えさせられる表現や比喩もあるけれど、重みはあまりない。暇なときに適当なページをめくって読み始めても、気軽に楽しめる作品たちです。

 

そうです。私の中で村上春樹氏の作品は「大人のライトノベルなのです。

私が編集者で、何の前提も情報も無く、村上春樹氏の「ねじまき鳥クロニクル」とか「ノルウェイの森」を読んで、本にして出版しなさいと言われたら、文学作品ではなく青春小説やライトノベルのカテゴリーで出版してしまいそうな気がします。

 

では文学作品とライトノベルの違いは何でしょうか。

文学作品にも、ライトノベルにも、明確な定義はありません。

ライトノベルは「会話が多い」とか「中高生でも読みやすい」とか言われていますが、はっきりとした定義はありません。

 

私が思うに、ライトノベルは「妄想を土台にした話」、文学作品は「現実を土台にした話」だと思うのです。

文学作品は現実の中に潜む、感情、心理、影、背景、隠されたもの、一見して見えにくい物、そういったことを文字の力であぶり出そうとしているものだと思うのです。それは、宇宙の物理法則を数学の式で表現しようとすることと似ています。文章や読解は難解になってきます。そして、文学であれば、妄想のような物語でも、何かしらの現実を違う側面から例えたもののように感じられるような気がするのです。

 

一方でライトノベルは妄想を現実の世界に投影して表現したものです。ライトノベルで描きたいのは現実ではなく、「作者の妄想」なので、特に難解になる理由も、する理由もありません。作者の妄想を読みやすいように表現すれば良いのです。

 

恐らくですけれど、村上春樹氏はこの先もノーベル賞は受賞されないのではないでしょうか。

私はどんなノーベル賞受賞作品より、村上春樹氏の小説の方が好きですけれど。だって読みやすいから。

 

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